「おーい。」と、どこからか声が聞こえた。高い木の上の枝の間から顔が見える。何をやっているのかと思えば、枝を落としているのである。この男は、寅年の今年70歳の父である。三つ子の魂100までもというが、山育ちの父にとって木登りはそう苦にならないのかもしれない。そう言えば虎もネコ科の生き物だっけ。
すばしこさがウリのネズミ年生まれの子鼠は、父の教えを受けたわけではないが、小学校6年の冬まで、猿のように木登りが上手だった。しかしさすがにサルではないので、ある寒い日、高い木から落ちて、足をぽっきっと折ってからは木登りをした記憶がない。おまけにそれ以降は、高い所に近づかなくなった。言うまでもなく、学習能力が高いのである。まあ言い方を変えれば用心深いとも言う。
そんな僕は父からことあるごとに、「物事から逃げてはいけない」と、教えを受けたが、怖いものは怖いのである。ながらくこいういう浪花節が日本人の美徳だったけれど、できないことはできないと、近寄らないのは成功への鉄則だと、自信をもって主張する今人気の勝間女子のご意見を僕は尊重したいのである。時代によって美徳の概念は変化するである。いつまでも恐れを知らない寅年生まれと、経験を積んで何事にも注意深くなるネズミ年生まれ。多分に父親似と言われて久しいが、知らぬ所で干支の本質もあってか、似て非なる親子らしいと、高い所の寅男を見上げて思うである。