美術家 大矢雅章の目
by guruguru-kobo
カテゴリ
全体
大矢雅章のウェブサイト
お知らせ
展覧会情報
制作日記
ワークショップ
旅行記
散歩
交友録
ちょっと気になること
好物この一品
本棚
エッセイ
語学
以前の記事
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 11月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
フォロー中のブログ
最新のコメント
残念ですが18日は不在に..
by guruguru-kobo at 19:49
個展開催おめでとうござい..
by 元子どもの家の畑野です at 11:20
遠方からの研究会へのご参..
by guruguru-kobo at 14:57
研究会、最後まで参加出来..
by 槙倫子 at 13:38
ご指摘ありがとうございま..
by guruguru-kobo at 16:52
実はブログが出来てからお..
by skuna@docomo.ne.jp at 19:46
ありがとうございます。病..
by guruguru-kobo at 20:06
全治1ヵ月?すぐ治ります..
by aya at 14:58
じゃあ次の家族はカメです..
by guruguru-kobo at 22:09
次飼うのは何にするの?と..
by aya at 17:40
メモ帳
最新のトラックバック
http://venus..
from http://venusco..
http://www.v..
from http://www.val..
ライフログ
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2010年 05月 ( 24 )   > この月の画像一覧
多摩美版画卒の人に重要なお知らせ ニュー銅の会します!
多摩美版画科銅版画の全卒業生のみなさんに連絡します。これまで続いていた深沢幸雄先生の「銅の会」とは別に、版画科の卒業生(僕から下の学年)の銅版画の学生を対象にした、新しい同窓会仮称「ニュー銅の会」を開催することに、本日決まりましたのでまず先にアップします。対象の方々には住所がわかる範囲で版画研究室から郵送で案内が届くと思います。是非みなさん参加してください。

この会の発起人は大矢雅章から下の各学年の銅版画助手のみなさんになります。もちろん先生も来ます。

日時 2010年7月17日(土)午後6時〜
場所 橋本駅近くの庄屋(予定)
会費 卒業生 4000円

とここまで決まっています。新しい若い世代の交流会と考えていますので、同級生の方たちに声を掛けてほしいと思います。いろいろな仕事をしている人が大勢集まってほしいと思っています。当日は大学がオープンキャンパスをしていますので、時間がある人は覗きに行ってみてはどうでしょうか。

特に、一期生のこれを見ているみんな。どういうわけか僕が言いつかってしまいました。みんな来てね!
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-31 20:41 | お知らせ | Comments(2)
ないものねだり
d0134629_1514931.jpg


「お父さんは、あの車が欲しいんだ。」と、子供の頃、父の運転する車の中で、行き交う車を見ながらなんども聞いたことをふと思い出した。雨の中でもはっきり分かるオレンジ色のその車は、私を見てくれと言わんばかりに美しい流線型のボディーに大きな羽と不必要に太いタイヤを履いて、僕の運転する車の前をしばらく走っていた。誰の目にも鮮やかに映るその車はポルシェ911カレラと言うらしい。

男性の車の好みと好きな女性の好みは一致するというのは、世の中の定説だが、僕も一男性の意見としてその意見に同感する。大体派手な車に乗っている人は派手な女性が好きだったりするのだ。手の掛かる車好きの人は、これでもかと手の掛かる女性がやはり好きだったりする。人の好みというのは、やはり形が変わっても根底は変わらないものだったりするのだ。

しかし車というと、もう一つある。もの凄いスポーツカーに乗っているような人をまじまじと見て見ると、こう言ってはなんだかあまり素敵な人が運転している試しがない。これも現実だったりする。どうしてもダメな自分には目をつぶって見栄を張りたいのが人間の性というものかもしれない。だからこそいい車にはいい女ということに繋がるということも想像に優しい。女性なら美しい洋服を着て、男性だと分かり易く素敵な車に乗ることで、人様から見える自分をよりよく見せていたいのだ。痛いほどに分かり易い心理である。

ないものねだりは幼児体験の反発から来ると言うが、あんまりにも身分不相応のないものねだりは身の破滅を招くので、ほどほどにしたいものである。僕は自分の子供の記憶にも残るような、ないものねだりを言っていないかと、美しいスポーツカーを見て、ふと思うのである。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-30 15:16 | ちょっと気になること | Comments(7)
ブログの更新
d0134629_1340984.jpg

ブログの更新をしばらくしませんでした。病気をしていたわけでもなく、特に忙しかったわけでもありませんが、文章が浮かんでこなかったのです。僕のブログの文章は一瞬のうちに頭に浮かんだ文章を書き出すだけので、良く考えて書いている訳ではないので浮かんで来ないときはなんにも書くことがないのです。ここ数日、いろいろな仕事が立て込んでいたので、頭の中が一杯でどうも文章を構築するだけの余裕がなかったかもしれません。そういう時は口数も当然少なくなるようです。

昨日は、気になっていた仕事の一つ、養清堂画廊で行った銅版画デモンストレーションが盛況の内に終了しました。本当に多くのお客様に見に来て頂いて嬉しく思っています。初回のデモはあまりに多くの方がお見えになってくださったので、後の方の方はご覧頂けなかったかと思います。折角見にくださったのに大変申し訳なく思っております。

そのデモンストレーションのことはご来場下った方のブログ「のらりくらり ポツリ」「微笑を誘う制作の日記」「フランス雑貨ショップcaprices du sort」に書いて下さっていますので、どうぞこのブログを見て頂けてたらと思います。みなさんありがとうございます。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-29 13:42 | ちょっと気になること | Comments(6)
痩せましょうね

僕のアトリエにはときどき来客がある。いろいろな職種の人が来るけれど、白衣を着たお医者さんが来たのは初めてだ。随分昔に、一時期一生懸命取り組んでいたスポーツを一緒にやっていた仲間が、整体師になって往診の合間をみて訪ねて来てくれた。

聞くと開業をして先生をしているという。10年以上も会わないと人は随分と変身して立派になっていて驚くことも多い。彼も僕が芸術家になって驚いていたが、僕もまさか彼がお医者になっているなんてびっくりだ。まあ、大昔にそのスポーツを一緒にしていた仲間は未だに、僕が教鞭をとったりしていることが、納得がいかないらしい。それくらいに時間は人を変化させる。

まあ世間話から始まって、なんだかんだと結局からだを見てもらうことになってしまって申し訳なかったが、やっぱりどの先生にみてもらっても、とっても体が硬くなっているらしい。「いつもは女医さんに指圧をしてもらうのだけど。」と、言うと「女性では大変な硬さだねという。」そんなことで軽く整体をしてもらうつもりが、針の方が早いと、アトリエで施術をしてもらうことに。

そこまでしてもらってなんだか良くなったのか、どうだか分からないという僕の態度に先生も困っていたが、よくよく落ち着くとなんだか良くなった気がする。つまる所、少し運動不足で痩せた方がいいらしい。分かってはいるけれど、どうにもこうにもあまり運動も好きではなく、節制も好きではないので、どうしようもなく本人は困り果てているだが解決策は見つからない。誰に会ってももう少し痩せたらと言われるが、本当に痩せてしまったら、きっと前の方が良かったなあと言われるに違いないと、僕だけはそう思っているが、ちゃめっけの多い僕はいつか痩せてびっくりさせてみたいとも密かに思っていたりもする。乙女心ならず中年の些細な悩みも尽きないのである。


d0134629_09329.jpg

[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-22 00:11 | 交友録 | Comments(2)
ナイフの思い出
どんなに機械が進化しても、画家の使う鉛筆はナイフで削る。鉛筆を、絵を描くのにちょうどいい具合に削れるようになるのには結構な訓練が必要である。1970年代生まれであれば、まだ小学校でナイフを使って鉛筆を削る練習をさせていたと思うが、現代では出来るだけ刃ものを持たせないので、大人になって必要に迫られて練習した人も多いのかもしれない。なんだか教育現場もナーバスになってきていて、本来生活の上で必要になることが学校というところで習得できない、本末転倒なことになってきているように思う。

1972年生まれの僕が小学校6年生の時は、肥後の守というナイフを学校の先生に勧められて、男子の多くは買って持っていた。もちろん、それで殺傷が伴うような喧嘩は一度もなかった。切れば痛いということを、身を持って知っていれば、誰も刺したりしないのだと思う。そのナイフを持って、散歩がてらの課外授業で野草をとって食べたり、鉛筆を削ったりしたものだった。今となっては本当にいい思い出だと思う。まあ僕も今ではカッターがナイフの変わりをしてくれるので、ナイフというものがまったく身近でない道具となって久しい。

d0134629_8514823.jpg一年間の研修が終わり住み慣れたパリを離れる際に、アトリエの友人たちが餞別にナイフをくれた。「フランスの男性は自分のナイフを持っている」とナイフを選んでくれた友人は言っていた。そのナイフはいつもアトリエにあって、子供の頃のように鉛筆を削る道具として毎日使っている。柄はオリーブの木で出来ていて、いつまでもオリーブの香りがするという。手仕事で作られたナイフは実に上質で道具としての魅力にあふれている。昔は日本の男性も、そんな自分用のナイフを持っていたけれど、いまではそんな必要もなくなってしまった。幸い僕は画家だから、鉛筆を削るのに、男の道具はいつまでも必要になるだろう。画家にとって鉛筆を削る時は、考え事をするのにちょうどい い時間だと思う。なんでも機械で簡単にできる時代になったけれど、僕はぼんやりと手慣れたこのナイフで鉛筆を削るのがとても好きだったりする。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-21 08:53 | Comments(4)
逆転の発想
どういう訳だが、最近制作活動をしている後輩達に会う機会が増えた。それぞれのスタンスでみんな生きていて、僕は彼等の話をふんふんと聞くことが多い。勿論、僕は顔色を伺わずはっきりと意見を言うスタンスで生きているので、ポンポンと思ったことを口に出して帰ってくる。

僕の好き勝手な意見が彼女を刺激したようで、先日伺った村上郁さんの個展では、展示内容をマイナーチェンジさせて彼女なりの現代にマッチした切り口で作品を発信させている。僕はラジオドラマが好きなので、彼女のこの作品の発想はとても面白いなあと感じている。リンク先のブログを続けて聞いて欲しい。人の秘めたるイメージを聞くということの面白さを体感出来る。

彼女が始めた発信の方法は、現在の展示のウィークポイントを逆手とった発想になっている。人がこないような場所ならば、インターネットで発信すれば良いのだ。だって彼女の作品は「音声」なのだから。

展覧会に伺うと、画廊の場所が悪い、人がこない、もろもろいろんな話を聞くことが多いが、まったくもって既成概念に囚われた話で、もっと自由に自分のスタンスを発信したらいいのに。と、いつも思う。そういうことを考えるのが面白いのに。

多くの人が、それが決まりだと思っていることは、実は全く決まりではなく、もっともエコノミーに展覧会をするということをベースに考えられていると、僕は多くの人に知って欲しいと思う。折角一生懸命作ったものを発表するのだから、まったく誰も思いつかないような切り口で自分を発信したらいいのだと思う。それにはやっぱりコミュニケーション力が大切だと思うけど。

「誰も気がつなかいことを提案する喜び。」美術というのは実に面白い遊びだと思う。この遊びは実に奥が深い。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-20 09:56 | 交友録 | Comments(0)
しょっぱい人

世の中には実にいろいろな占いが氾濫していて、すこし検索するだけで、実に面白い占いを見るとこができる。いつからこんな訳の分からない占いが氾濫しているのか頭を傾げるが、この根拠のなさそうな占いを試して見るのは実に面白い。

いろいろな占いがあるなかで、「お弁当のおかず占い」というものに目が止まった。自分がお弁当のおかずのなかでなにに当てはまるかという、実にばかばかしい占いであるが、試してみると、僕は「梅干しのような人」ということになった。

結果としては名実ともにしょっぱい。

理由は「周りを染めることがあっても自分は染まらない。グループの腐敗を食い止める正義。」とある。実に差し障りのない言い方である。はっきり言葉を直すと、「頑固者で、誰も言いくるめることが出来ない。」ということになるだろう。「実に頑固者ですね。」と、時々言われるので、この占いもまんざら的間ずれでもなさそうである。ばかばかしいと思いつつも、いろいろなゲームにトライしてみると、ひょんなことから自分の深層心理を見ることが出来て面白いなあと思うのである。



d0134629_11281610.jpg

[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-19 11:28 | ちょっと気になること | Comments(0)
自由に見る
外国では・・・・だった。と言うと、ちぇっかぶれやがって。と、思われることが多いけれど、やっぱり取り入れた方が良いこともあるように思う。ヨーロッパの美術館に行くと、美術館で行われている学校の美術の授業を目にするが、それを黙って見聞きしていると、これが非常に面白い。学生同士が作品について自由にディスカッションをしたり、座りこんで模写をしたり。そんな時間を積み重ねて行くと、自分の意見をはっきり言える大人になるのかもしれない。まあそのための訓練を積ませているという方が正論だろうが。

すどう美術館という個人美術館が神奈川県小田原市の外れにある。銀座にあった画廊といえば多くの人が知っているかもしれない。現在のすどう美術館は、大きな窓から緑一杯の庭が見えたり、一軒先には小川が流れ、四季折々の田んぼの風景をみることが出来る場所にある。

この美術館では夫妻の人柄もあって非常にゆっくりした時間を過ごすことが出来るので、本当にリラックスして作品を見ることが出来る。空気の違いに敏感な子供が床にゴロンと寝転んで眺めているだから、この美術館ではきっと大人が感じる以上に自然になにかを感じることが出来る空間になっているように思うのだ。

d0134629_2293790.jpg休日の午後、ヨーロッパの美術館のように、子供と一緒に床に座って、どれが一番好き?とか、なにに見える?と、利根川佳江さんの抽象作品を前に聞くと、自由ないろいろな感想を聞くことが出来た。美術というのは緊張せずにゆっくりと見ることが出来る環境で見るのが一番いい。しかしなかなかそういう環境で優れた作品に出会うことは出来ないのが現状だと思う。

そんな会場に飾られた色とりどりの作品は、まるで呼吸をしているように見えた。少しあせた色調と素材が、強い主張なく静かに周りの空気と同化してそこにあり、柔らかそうで、凛としている作品達は、どれも作家である彼女から受ける印象に似ていた。

ゆっくり自由に見ることの出来る環境で見た作品は、見る側と共に呼吸して、見る側の中で完結した一つの作品になるのだろうと思う。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-17 22:13 | 散歩 | Comments(0)
つながるきもち
d0134629_1044428.jpg


「あなたの活躍が私のことのように嬉しく思います。」と、いう丁寧なお手紙をいただいた。
すこし間違えると、社交辞令のような文章だが、もう10年以上のお付き合いがある彼女が、わざわざ近況に添えてくれた言葉だからこそ、素直に気持を頂くことができる。遠くにあってもいつも大切に思える相手がいるということは、本当に恵まれた人生だと思いたい。ましてやその相手が、親兄弟でもなければ、振り返った時、過ごしてきた時間が本当に有意義だったと思えるのかもしれない。

彼女が僕を大切に思ってくれるように、僕にもいつも心にとめている人達がいる。別にいつも気にしているわけではないけれど、ふと元気にしているかな。って思ったりする。多分、なにか強いものでどこかで結ばれているので、いつも会う必要はないけれど、だからこそいつもどこかで気になっているだろう。

そんななかで弟のように思う、彼が結婚するという報告を聞いたときは、まるで自分のことのように嬉しく思ったものだ。どういう訳か僕は彼には不思議な親和性を感じるからそう思うかもしれない。

夕暮れに空を見上げていると、訳もなく久しぶりに彼のことを思い出した。思い出したというより、頭の中にふっと落ちてきたような感覚だったのかもしれない。用事はまったくないんだけど、なんだかどうしても話しがしたいなあと思っていると、まるでそんな僕を見ていたかのように、彼から本当に久しぶりに電話が来た。あんまりのシンクロぶりに少し驚きもしたが、人を思う気持ちというのは、本当は目に見えないだけでいつも繋がっているかもしれない。

前置きのない久しぶりの連絡は、大抵いい話はないけど、彼からの久しぶりの電話は、自分のことのように嬉しい知らせだった。離婚のことまでもメールで済ますような人がいる中で、なんてことない飾らない近況を電話や手紙で知らせてくれる人が身近いることは、自分がそんな友人といつも見えない絆でつながっているようで嬉しい。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-16 10:07 | 交友録 | Comments(1)
昭和と平成
d0134629_0243228.jpg


福山雅治のラジオ番組で、平成と昭和生まれの人の違いというものを以前特集したことがあった。結論から言うと、昭和の人はものを大切に使うという点で共通するらしい。平成と昭和とでは他でも多くのものの価値感が変わってしまっていて、両時代をまたぐテレビの長寿番組でも中身に求められるものがだいぶ変わってきたような気がする。

最近子供とよく見る仮面ライダーがその比較対象になるのだが、仮面ライダーは昭和の時代に放映されていたものは、とても暗くある種の悲壮感がどのシリーズにもあったような気がするが、現在ではコメディーのようなものになってしまった。とかく、俳優も男らしさよりも、イケ面ですこしナヨナヨしている俳優が起用されている。それが複産物となったのか、狙ったのかわからないが、多くの視聴者のママの心を力つよく鷲掴みにしたらしい。女性の好みも時代に合わせて大きく変わったのだ。女性が肉食系になったというのもうなずける気がする。今の仮面ライダーは子供もさることながらママの視聴者の熱意で成り立っているともいえる。

そんなことを思うのは、保育園で配布されるお知らせに、お勧めの映画は?と、いう欄に、「仮面ライダー電王」とあったからだ。この作品が人気のある理由ははっきりしている。子供は変身していない仮面ライダーには興味はない、逆にママは変身している仮面ライダーには興味はないのだが、近年の仮面ライダーで最も人気のある「仮面ライダー電王」はこの点がよく考えられていて、いつもヘンテコリンなお化けとイケ面の俳優が一緒に出ているのでいつでも親子で興味をもって見ることができるのである。そして子供が好きな電車が舞台だったりする。実によくできた番組である。まあアクションが面白いという理由で好きという少数意見もあるようだが、僕からすると非常にアメリカナイズされた、まったく飽きる時間のないように番組を作ってあるように思う。そんなところが本当のヒットの理由だと思ってならない。

そんな子供番組での価値感もどんどん移り変わり、昭和の時代を育った僕には少し納得のいかないことも多々あるが、あの手この手で、見る側と作る側の恐ろしいほどのイタチゴッコをみていると、随分あわただしかったように思う昭和時代は今と比べると随分牧歌的だったなあと思うである。
[PR]
by guruguru-kobo | 2010-05-15 00:35 | ちょっと気になること | Comments(0)