美術家 大矢雅章の目
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絵本から学ぶ
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子供を預かってくれた父が出先で小学校1年の長男とはぐれて大変な騒ぎになった。よくよく話を聞いて見ると、自分のペースで歩きたい子供が、ゆっくり歩いていた父とはぐれてしまったらしい。

生まれた時から目に入れても痛くないような愛情をおじいちゃんから受けて育ったのに、自分で歩けるようになったら、おじいちゃんをおいてきてしまうとは何事だとこっぴどく叱ることになった。心配した祖父母は疲れ切ってしまって見ているこちらが疲れるほどだった。

怒っている最中に、ふとある絵本のことを思い出した。童話館出版の「とっておきのとっかえっこ」だ。この絵本は老人と幼い子供との交流から生まれた愛情の物語である。

絵本は根源的な道徳が書かれているものが多い。こういった本を繰り返し子供に呼んで聞かせることで、子供の心にやってはいけないこと、自分がするべきことを学ばせる必要があるのだろう。

この本は、昨年3月に亡くなってしまったおばあちゃんが、長男に毎月送ってくれていたもの中の一つだ。長年保育師をしていた彼女は、小さな子供には本質的になにを与えるべきかよく知っていたのだと思う。


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by guruguru-kobo | 2014-03-21 00:01 | Comments(0)
好きが好きを呼ぶ
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「好きすぎて・・・お別れが寂しい。」と目の前で号泣されました。これは、昨晩参加した3才児を担当してくれた保育園の先生の話。年度最後の挨拶にあまりに感情が高まってしまって号泣されていました。この若い女性の先生、園児から大人気なんです。大人からするとそんなに好きなの?。と思っていましたが、その意味が良く分かりました。先生業をしていると生徒はどんな生徒も大変可愛いと思いますが、自分が担任から離れることが寂しいとここまで泣くことが出来るのは、それまでの1年間にどれだけ愛情をもって接してくれたか良く分かります。子供達もそんな先生に面倒を見てもらえて良かったなあと思いました。心の底から注いだ愛情は、まだ言葉の不自由な子供達には心に直接届いて、この人は安心・大好きと言う形で伝わったのだと思います。嫌いは嫌いをよびますが、好きも好きを呼ぶのだと、素直な先生の愛情を感じました。


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by guruguru-kobo | 2014-03-20 07:35 | ちょっと気になること | Comments(0)
知的好奇心
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ヨーロッパ銅版画の黎明期を調べているうちに、歴史書、言語学、装飾史、と書籍の幅が拡がってきた。70冊ほど目を通してみたが、最終的にフランス語や英語で書いてある書籍に目を通さなければならなくなった。フランス語を英語にしてもらってディスカッションしたりするのだけど、風習の違いで文化背景の理解が難しかったりする。なにか一つのことを深く知ろうとすると、それはそのジャンルのことだけでなく、それを取り巻く全てに目を向ける必要がある。専門職がある一定以上のレベルまでくると、さらに極めて行くには、最後は教養だということがよく言われるが、やはりその通りだなあと実感している。ひとつの結論を導くために沢山の情報を自分で繋ぎあわせて論理を組み立てることは、新しいゲームを創造するような作業でとても楽しい。まったく関係ないようなことを、つなぎ合わせて点を線にしていく作業は、物を作ることと同じでとてもクリエイティブな仕事だと感じている。

◎一番上の本はオランダで博士号を取得した方の博士論文ですが、さまざま銅版画史が詳細に書いてあります。

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by guruguru-kobo | 2014-03-19 07:17 | ちょっと気になること | Comments(0)
桃の木を切って
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朝から高いハシゴに登って、枯れた桃の木の枝を切った。簡単なことではなくて、結構高い場所に昇ってのこぎりで何本も太い枝を切った。この桃の木、実家にあるアトリエの上にあって、この時期ピンク色の綺麗な花を沢山みせてくれる。近所の人たちも楽しみにしていて、ご近所に春を知らせる花だったりする。

あまりの勢いで木を切り始めたので、近所の人たちもこれから花咲くシーズンを前に切ってしまうかと、次々に現れたが、枯れた枝の剪定だと聞いて帰っていった。この桃の木は、父が大切にしているもので、なかなか切ろうとしなかったが、さすがに折れて通行人にケガをさせてしまっては。ということで切ることにしたらしい。

古い桃の木には、むくろがあったり、枯れていたり、新しい芽が出ていたり、同じ木の中でもさまざまな様子を見せている。それは、まるでひとつの人間の家族のようだ。老いていく人あり、元気に育っていく子供達ありといった感じもする。これまで、高い木に登って剪定を自分で行っていた父が、これまでさせなかったような剪定をさせるようになったことが気になって、どこかこの大きな桃の木の様子に我が家の様子を重ね見た。

自作のオブジェ「星霜への考察」は以前、杉の木の伐採に立ち会ったことから「時間」に目をむけてその制作がスタートした。今日の桃の木の伐採は、なにか老いゆくものとの別れを強烈にイメージさせた。ものをつくる発想の原点は人それぞれだが、僕の場合いつも誰も気にならないような小さな身近な出来事からのことが多い。木を切るというのはいつも僕になにかをイメージさせる創造の原点になりやすい。



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by guruguru-kobo | 2014-03-17 18:28 | ちょっと気になること | Comments(0)
魅惑のニッポン木版画展を見て
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横浜美術館で開催中の魅惑のニッポン木版画展見に行きました。日本木版画の伝統と歴史が良く分かる展示で、なるほどなあと感心しました。知っているようでも、俯瞰して流れを見る事で新しい発見があります。日本の水性版画は長い歴史があるだけ、風土に良くあっていている方法論で、また積み重ねられた技術も素晴らしいものだと思いました。

新しい表現と一言で皆言いますが、新しい表現には2種類あって、新しい大きな方法論を提示することと、積み重ねた伝統技術を自己の鍛錬によって乗り越えて作られる新しい表現があると思います。今回の展示では最後の現代の部門に、この二つの方向それぞれに値する作品が展示されていたように思います。

これから志をもって版画を制作する世代には、過去の伝統と歴史を一度俯瞰してよく研究して、これから自分が作り出す新しい表現というものが、どのような位置づけになるのかよく考える必要があるように感じました。僕の表現技法は銅版画ですが、第3章の展示の流れの延長にあるのだと改めて実感しました。

数年前に行われた版画の討論会で、日本版画は自分のポエムを表現する作品が大半であり、それが版画の特徴であり閉塞感の原因になっているとありました。これは大きく言えば、団体に所属している作家に向けた発言だと思いますが、それも含めて版画を誰もが認識できる表現はそのようなものが多いと思います。まあこれも長い話の要約で僕の受け取り方ですから間違っているかもしれません。このような表現はこの第3章に連なった表現の突き詰めた形なのだと思います。

版画はエディションがあるため、メディアだとよく言われましたが、版画はメディアでもなんでもないと思っていました。今メディアといえばインターネットであり、それ以前もメディアの役目はしていないのだと思います。メディアというもののあり方は情報の伝達手段であって、自分の内なる心情を数十枚によって伝えても、それはメディアという言葉で表すようなことではないと思うのです。

ここ10年に満たない間に、日本には極少数ですが、アングラながらメディアの要素を持ち、かつ古典的な版画の技法を駆使して作られた作品が登場するようになってきました。僕の目から見て、銅版画、木版画、リトグラフにそれぞれ一人づつそのような作家がいます。第4章にそのような作品を見ることが出来ました。ここで名前を出しませんが、この3人の作家はオーソドックスな技術をごく普通に使って、多くの人に説明なしで情報を伝達できる言葉以上のインパクトを持った表現を見せてくれているように思います。むろん本人達はそのような観点で自分たちを括っていないと思いますが、この3人はそういう意味で、大昔の刷り物としての版画が担っていた要素を現代日本に今に通用する表現として生まれ変わらせた作家達だと思います。

伝統を紡ぐと考えると、みな、その延長上に何かを築きあげたいと思いがちですが、その気持ちはすでに衰退の一歩を歩きはじめているのだと思います。日本木版画と一括りで言っても、長い歴史の中で、表現の否定と肯定の繰り返しで少しずつその時代に受け入れられてきたものが残ってきたのだなあと改めて感じました。

日本の木版画史をざっくり俯瞰出来、新しい木版画の表現とはこんなものである。という学芸員の視点が良く分かる展覧会だと思いました。僕は団体に属していますが、第4章で展示しているような作家が団体にも出品してくれるといいのになあと思うばかりです。



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by guruguru-kobo | 2014-03-15 18:59 | ちょっと気になること | Comments(0)
流行物を探す
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教育方針というのは、各家庭でそれぞれで、テレビも見せないなんて家庭も結構多い。僕は正反対の考え方で、興味のある時は無駄になってもなんでも与えてみて、子供が考えれば良いと思う。子供には子供の世界があって、親の方針で子供の輪に入れないのは残酷だと思う。僕は、他の家庭のお父さんより、子供に接している時間が長いので、子供達が遊んでいる様子をつぶさにみていることがある。まあそんな様子を見ていると、大人が流行物を持っていることで、話に入れるなんてことと同じような様子が見れる。こういうことは、個人主義の人にはあまりピンとこないことだと思うが、輪の中で生きるとそういうことが必要な場合があると思う。

まあ小学校なんて所は、社会縮図の原点のような所だと思う。さて、そんな様子を上手にアニメ化したのが、今爆発的に流行っている妖怪ウオッチという番組だ。これまでの人気アニメの良いところを上手に取り込んで、小学生の目線で描いている番組なので、心はわしづかみされているのだろう。現実と非現実の組みあわせがとても自然で面白い。

この番組に出てくるメダルが、全国で争奪戦でどこにいっても売ってない。それなのにどういうわけか、家内は上手に探して来ては餌付けするように子供にあげているが、今度はそれを兄弟間で奪い合いが続いている。写真のお菓子も、仮面ライダーのおもちゃも手に入れるが大変で、出かける度につぶさに見ているがなかなかない。

いつも思うのだが、大人ものでも子供ものでも、なにか流行ると本当にあっとう間に市場からなくなる。それだけ、そのことが話題になっているわけで、成長の過程ではその輪のなかに入れないということは、世の中の風潮上とても残酷なことでないかと思う。なんでも与えるのもどうかと思うが、成長に応じて、大人の価値観にあわないものでも、必要だと子供が欲しがるものは与えてみる必要があるのではないかと思っている。

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by guruguru-kobo | 2014-03-08 09:25 | ちょっと気になること | Comments(0)
保育園で本格銅版画
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子供には贅沢だ。と言われそうですが、保育園で開催した銅版画ワークショップはフランス製のシャルボネインクとドイツ製のハーネミューレを使って行いました。もちろんプレス機も設置します。ドライポイントの制作を、良く研いだニードルとルーレットを使って自由に作りました。自由保育の園なので、先生も子供も自由な人たちですから危険な事以外は道具の使い方も描くイメージも自由に楽しんでもらいました。

子供の絵は、「子供の話を聞いて分かるようなものがいい。」と先日このブログで書きましたが、ルーレットをひたすら勢いよく転がしている子供に何かいているの?と尋ねると、風を描いているんだ。って言っていました。その言葉を聞いて素晴らしい感性だなあと心から感動しました。

はじめて使う道具を自由に使って、自分で作りたいものを作る。作ることの楽しみの原点がそこにあるように思います。6才の子供達と一緒に過ごした時間を通じて本当にいろいろなことを学びました。まさか保育園の先生をする人生が待っているとは、1年前の僕は想像もしませんでしたが、気軽に引き受けた仕事から得た経験は実り多いものになりました。毎回詳細に書き留めているノートは、きっと思いもしない新しい自分の研究の礎になるような気がします。

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by guruguru-kobo | 2014-03-07 20:23 | ワークショップ | Comments(0)
図書館
図書館という場所が好きだ。誰もいない閑散期に沢山の書籍に囲まれた迷路をぐるぐると考えごとをしながら歩くのは楽しい。インターネットを使って、ピンポイントに物事を検索することも便利でいいが、物事の発見はたまたま手に取った書籍に書いてあったようなものから見つかることもある。10㎝以上もありそうな辞書をめくっていくと、自分の知らない言葉に目が止まる。知っているようで知らないことの方が実際には多いと実感する。

ここ数日で40冊ほどの書籍を探し出していろいろめくってみると、お目当て以外の沢山の気になる発見があった。なにか一つのことを裏付けるために、こんなに多くの書籍に目を通して考えることになるとは思っても見なかった。しかしそれでも見つけることが出来ず、土砂降りのなか女子美術大学図書館へ伺った。

図書館ごとに特色があるが、女子美術大学図書館には版画の書籍が充実しているように思う。ヨーロッパから取り寄せようかと思っていた書籍も現物を見ることが出来て、その充実した内容に感動した。博士論文として7年かけて1400年から2000年までの版画史を書いたものだと聞いているが、その内容はこれぞ論文、という感じで素晴らしい。

思いのまま借りてきた本は山のように積み上がって机の上を占拠している。しかしその書籍をばらばらと横断しながら目を通し、あれこれ考えるのは僕にとって本当に楽しい時間だ。考えはまるで将棋をするように、順調に進んだり、行く手を阻まれたりするが、その度に新しい発見があり、知識の幅が拡がっていくのが実感出来る。

いろいろ調べている書籍のほとんどは研究のための土台になってしまって、本文に書かれることはないのだけど、いろいろ調べた知識はきっと僕の喋りの厚みを増してくれるに違いないと思っている。


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by guruguru-kobo | 2014-03-05 23:23 | ちょっと気になること | Comments(0)