人によって笑いのツボの違いというのは、単純に感性の違いだからということになのだろうか。僕はテレビを見ていて、テレビの中の観客が楽しそうに笑っていても面白いと思ったことがない。
先日終了した月9では主人公が、人の気持ちに対して「僕はそういったことが全く理解出来ない!」と良く叫んでいたが、他人が笑っているお笑いには全くそんな気持ちである。なにか面白くて笑っているのかまるで理解不能なことが多い。そんな話を家庭でしていると、日常にこんなことってある。あるある。という、ちょっとしたことに目を留めてネタにしているのが面白いのだという。
イヤイヤ、そんなことのどこが面白いのか・・・・。僕にはさっぱり理解不能である。
僕がテレビを見て大きな声で笑えるのは、NHKの教育番組で土曜日の朝放映されているひつじのショーンというアニメーションだ。その番組は全くあり得ないシチュエーションで繰り広げられる、ブラックユーモア全開の番組で、僕は最高に面白いと思うのだが、他の人の受けはあまり良くない。
笑いのツボというのは、何をもって面白いと思うかという点から、その人の普段の着眼点がよく分かる。そんなことをよくよく考えていたら、なんで、みんなが面白いということがあまりそう思えないのか。自分はなぜ、ブラックユーモアに面白みを感じるのか。分かっていそうで全く理解出来ていない自分の感性に急に興味が湧いて来た。